
人人唯識(にんにんゆいしき)
ますます時間が圧縮され、
あらゆるものが即席に作られていく時代。
お金、名誉、地位——
数値化された「物差し」によって価値が決められ、
その幻想を追い続け、搾取されながら、
ひたすら走り続けるような現代の価値観。
そんな時代にこそ、
時間に追われず、自然のリズムで生きることが大切ではないか。
季節が巡るように、
一人ひとりが持つ推進力に従って、
その時々の自分で在ること。
学びもまた、それぞれのリズムで。
好奇心の赴くままに。
今この瞬間を、自然体で生きる。
そこから生まれる表現は、
自由で、自在であるはずだ。
すべての人生、すべての人間の、
一秒一秒がユニークで、かけがえのないもの。
それは決して、他人と比べられるものではない。
それこそが、人の生き様ではないだろうか。
蓮の花
この世は、苦しみからできている。
けれどそれは、
毒にもなり、栄養にもなる。
泥に沈み、嘆きに溺れ、
空を仰いでも、意識はやがて腐る。
自己憐憫という名の沼に座り込めば、
泥に支配される。
けれど蓮は、
その泥を吸い上げて、
静かに、たしかに、花を咲かせる。
苦しみを受け入れるとは、
それを愛することではない。
耐え忍ぶことでも、ただ我慢することでもない。
逃げずに見つめ、
汲み取り、
意味を光に変えること。
苦しみの底にこそ、
意識の根は深く張る。
蓋をせず、否定せず、
ただ、そこに立つ。
そして歩き出す。
それが、
自立という名の光。
外の光を追い求めるとき、
心は、影に囚われる。
けれど、光も、影も、
ほんとうは、自分の中にある。
影に囚われるとき、
わたしたちは気づかずに、
誰かの目、誰かの言葉、
誰かの承認に、心を明け渡している。
泥に感謝しながら、
内なる扉を見つけ、
そっと、開けてゆく。
一歩、また一歩、
静かに、進む。
そうして咲いた花は、
誰のものでもなく、
唯一無二の、わたし自身の花。
コミュニケーション
コミュニケーション
コミュニケーションによって、人間関係はより深まっていきます。まず、自分自身を理解するためには、自分の考えを意識化し、言語化することが非常に重要です。同時に、相手の言葉にも真摯に耳を傾ける姿勢が求められます。つまり、自分の心と相手の心の声をよく聴くことが基本です。
他者と意見が異なる場合、何らかの形で自分の考えを表現しなければ、関係は前に進みません。面倒に感じて逃げてしまうと、相手に自分の理解を求めないことになり、断絶や理解し合えない関係に陥る可能性があります。そうした関係は、いつの日か分裂の危機を迎えることもあるでしょう。
意見がぶつかることから逃げず、反対意見を上手に伝える訓練は必要です。もちろん、タイミングや相手によっては理解を求められない場合もあります。その見極めもまた大切です。
こうした姿勢のもとで行われる討論こそが、建設的な議論となり、人間関係の質を高めるのです。
10/08/2025